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沈堕の滝 (大分県)2011年11月27日 06時05分06秒

(写真をクリックすると大きくなります)===沈堕の滝===

名  称:沈堕(ちんだ)の滝

所在地:大分県豊後大野市(旧大野町)清川町臼尾

(写真をクリックすると大きくなります)===沈堕の滝説明板===

(写真をクリックすると大きくなります)===鎮田瀑図===

これが雪舟が訪れ描いた鎮田瀑図である。雪舟が明国で会得した山水画の真髄を結集した作品といわれています。

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大分県の母なる川「大野川」は、源を遠く宮崎県五ヶ所(高千穂町)に発し、熊本県阿蘇郡から大分県直入郡をへて、この大野の地に至っている。名瀑「沈堕の滝」は、大野川本流にかかる幅百余メートル、高さ二十メートルの懸崖を落下する雄滝と、支流平井川かかる幅四メートル、高さ十八メートルの雌滝の二瀑からなり、その壮大な景観は「豊後のナイアガラ」とも呼ばれている。昔は遠く関東まで知られ多くの人々に絶賛され、なかでも室町時代のかの有名な「画聖」雪舟が訪れ描いたのが「鎮田瀑図」である。雪舟が明国で会得した山水画の真髄を結集した作品といわれている。当時の画家は寺院や邸宅の部屋に居座しながら描いたものであるが、雪舟は自然のありのままを描いており、数々の名作もこの作品を起点にされたという。この名瀑布の莫大なエネルギーは、明治時代末期に沈堕発電所の建設により電力に変えられた。この電力は、別府大分間の電車を走らせ、家庭用電力はもとより大分県の産業開発の原動力となり、文明開化の糸口となったのである。雄滝と雌滝の間にある西洋技術を取り入れた石造建築物がその発電所跡である。また、この沈堕の滝には古くから歴史的史実や竜神にまつわる伝説、言伝えも数多く残っている。

(写真をクリックすると大きくなります)===沈堕の滝===
(写真をクリックすると大きくなります)===沈堕の滝(雌滝)===
平井川の支流幅四メートル、高さ十八メートルから大野川に注ぎこまれています。
(写真をクリックすると大きくなります)===沈堕の滝(雌滝)===
(写真をクリックすると大きくなります)===沈堕の滝(雌滝)===
(写真をクリックすると大きくなります)===大野川に架かる大野橋===
(写真をクリックすると大きくなります)===旧沈堕発電所入り口石段===
(写真をクリックすると大きくなります)===旧沈堕発電所入り口跡===
(写真をクリックすると大きくなります)===旧沈堕発電所跡===

1909年(明治42年)に豊後電気鉄道株式会社によって別府<-->大分間の電車を運行するために沈堕発電所が建設されました。雄滝のすぐ上流に取水用の堰が設けられ、1923年(大正12年)には堰がかさ上げされたため水量が減少して往時の景観が損なわれました。しかし、1996年(平成8年)からの堰堤強化工事に伴い、常に一定量の放流が行われるようになり、かつての壮大な景観を取り戻しました。西洋技術を取り入れた石造建築物の沈堕発電所跡地です。

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