和布刈神社 (福岡県) ― 2013年02月03日 20時47分13秒
三人の神職がそれぞれ松明、手桶、鎌を持って海に入り、わかめ刈り採って、神前に供えます。神事は、毎年旧暦大晦日の深夜から元旦にかけての干潮時に行われます。
九州最北端に位置するこの神社は社記によると、仲哀天皇9年に 比賣大神(ひめのおおかみ)、日子穂々手見命(ひこほほてみのみこと)、鵜〔茲鳥〕葺不合命(うがやふきあえずのみこと)、豊玉日賣命(とよたまひめのみこと)、阿曇磯良神(あすみいそはらのかみ)の五柱の神を祭神として、創建され、江戸時代までは、速戸社(はやとしゃ)とか隼人社と呼ばれていました。
近世末までは、時の領主である大内氏、毛利氏、小笠原氏の崇敬庇護厚く、神殿前には細川忠興公が寄進した灯籠があります。 この神社には古くから和布刈神事が伝えられていますが、李部王記によれば、和銅3年(710年)に和布刈神事のわかめを朝廷に献上したとの記録があり、奈良時代から行われていたものです。神事は、毎年旧暦大晦日の深夜から元旦にかけての干潮時に行われます。
三人の神職がそれぞれ松明、手桶、鎌を持って海に入り、わかめ刈り採って、神前に供えます。 わかめは、万物に先んじて、芽をだし自然に繁茂するため、幸福を招くといわれ、新年の予祝行事として昔から重んじられてきたものです。神事のうち、わかめを採る行事は、県の無形民俗文化財に、また、当神社に伝存する中世文書九通は、市の有形文化財に指定されています。
北 九 州 市 北九州市教育委員会===現地説明板より===
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